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この家の民家形式は、越後以北の日本海側の地方に広く分布している中門造りと呼ばれるものである。建築年代は、材の仕口に残された上棟時の墨書に「庚申」と記されていることから、一八六〇年、江戸末期の安政年間と推定される。
日本でも有数の豪雪地域である小千谷における民家の造りようは、積雪に備えた背の高さに特徴がある。冬の間は一階部分の開口を雪囲いで覆うため、二階程の高さにバルコニー状の出入口を設けている。また採光のための高窓も必要となり、座敷でも天井高は5m程になる。
屋根はもちろん茅葺きで、軒の出を大きくするため、平側の軒先はすべて出桁になっている。
移築先の敷地は南と西に道路のある角地で、道路は南から西へと下がって行く。最も下がった北西の部分から車が入るように地下階となる駐車場を配した。地下階にはホール、自転車置場、工作室もあるため、表玄関内と西側勝手口へとつながる階段を設け地上階へと接続させた。
玄関から入った一階ホールには吹抜けがあり、地下階から一階、二階を通して屋根裏まで達している。この吹抜けには諏訪大社下社春宮にて奉られていた「春宮一之御柱」を納めている。根元径三尺もの丸太だが、基礎に突き立てて構造的には遊離させ、吹抜けを貫通させる事でこの空間を御柱の領域として完成させた。
二階には家族の寝室と洗面・浴室などを配置した。物干場も道路からは見えない二階にとっている。サービスヤード等で庭のしつらえを損なわないためである。二階の上には、大きな小屋裏を利用した子供達の基地もある。
一階ではホールから入った板の間が生活の中心となり、北側に対面型のキッチンがある。キッチンは床の高さを一段下げ、調理の間も全体が見渡せるようにしている。また、調理や配膳、後片付けがスムーズに行えるよう、回れる動線としている。
板の間の奥には長い時間くつろげる囲炉裏の間がある。ここは天井が高いので、その空間の一部に二階から出られる四畳の「アンドン部屋」を挿入した。囲炉裏の間から箱階段であがることもできる。大きな梁材によって吊るされ、障子で囲まれるこの部屋が、空間に浮かぶ行燈となる。
茅葺き独特のシルエットを表現するため、屋根にはフランス製素焼き平瓦を採用し、三段葺きとした。勾配を徐々に緩めながら葺き下ろし、内樋とすることで軒先を立たせ、屋根の厚みを強調している。正面の破風は、この家の象徴となるように銅版を用いた三次元曲面の立体的な造形としている。
渋谷の家
住宅建築2007年5月号 No.385
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