ハンス・J・ウェグナー
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スカンジナビア家具デザイナーの中で最も革新的で多産なデザイナーとして、世界中から羨望の眼差しを向けられ続けているハンス・J・ウェグナー。
彼は1914年、ドイツ国境に近いトナーという田舎町で生まれた。
靴のマイスターであった父の姿を見て育った彼は、13歳の時に近所の木工所に弟子入りし、やがて17歳で早くも木工マイスターの資格を得た。その後すぐにコペンハーゲンの王立芸術学校に入り、1938年に建築家を卒業。1943年に自身のデザイン事務所をスタートさせている。
ウェグナーはおよそデザイナーに与えられるありとあらゆる賞を受賞した。1951年の〝Lunning Prize〟に始まり、ミラノトリエンナーレの〝Eugen 王子賞〟、そして〝デンマーク Eckersberg メダル〟へと続く。
また彼の家具は、ニューヨーク近代美術館、ドイツのヴィトラデザインミュージアム、日本の佐川美術館など、世界中の名だたる美術館に所蔵されている。
中でも、ウェグナーの名を世界に知らしめたのは先に紹介した通称「ザ・チェア」と呼ばれる「PP-501」という椅子であろう。この椅子は、1960年にケネディとニクソンの有名な討論番組に使われたことから知られるようになったが、細部にわたるキメ細やかな作りこみ、そしてウェグナーの特長ともいえる有機的な曲線、芸術的な木目の使い方、座り心地等、まさに「椅子の中の椅子」と呼ばれるにふさわしい傑作と言える。
そして型番に示されているように、この椅子をウェグナーと共に作り出したのが、アイナー・ペダーセン率いるPPモブラーなのであった。
アルネ・ヤコブセン
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彼はモダン様式の代表的な人物のひとりである。家具デザインの多くがモダン様式の手本になっており、1952年からのアントチェア、スワンチェアとともにラディソンホテルで設計されたエッグチェアなどである。
彼の最も知られた作品は1955年のセブンチェアであり、500万本以上を販売している。 セブンチェアは、1963年ルイス・モーレイの有名なクリスティーン・キーラーのヌード写真において使用された。以降、セブンチェアは姿勢をデッサンする多くの肖像に使用されている。製造は発表当時から現在までフリッツ・ハンセン社が手がけている。
彼は1902年、デンマーク、コペンハーゲンで貿易商を営む父ヨハンと母パウリーンの間に生まれた。当初は画家を目指していたが、父親の反対を受け、1921年に反発して家を出た。客船の旅客係として働き始めるが船酔いを克服できず、すぐに辞めている。
その後、友人の建築家、フレミング・ラッセンに絵の才能をいかせる建築の道を勧められ、1924年にデンマーク王立芸術アカデミーに入学した。在学中には1925年のパリ万博・デンマーク・パヴィリオンの椅子の設計に参加している。1927年に同校を卒業した後、パウル・ホルセーの事務所に入所。同じ頃、マリー・イストラップ・ホルムと結婚。マリーの紹介でポール・ヘニングセンと知己を得ている。
1929年、フレミング・ラッセンと共にコンペに向けてモダニズムの形式をとった未来の家を発表。モダニズムの旗手の一人としてデンマーク国内において一躍注目を集めた。これにより、その名が広まるところとなり、住宅設計の依頼が増え始めた。同年、事務所を設立。1930年代、コペンハーゲンの北に位置するクランペンボーの海岸沿いのべルヴュー地区に、レストランや劇場の隣接するリゾート型複合住宅、『ベラヴィスタ集合住宅』をはじめとする大規模リゾート計画を手がけた。またヨーロッパ各国を回り多くの古典建築に触れている。
1940年、デンマークがナチス・ドイツによって占領されると、ユダヤ人であったヤコブセンはナチスによる迫害を恐れ、ポール・ヘニングセンと共に当時の中立国であったスウェーデンへ亡命した。亡命中は建築設計は行われず、(事務所名義ではスタッフのみにより設計が行われている)二人目の妻ヨハナとテキスタイル・デザインを手がけるなどして過ごした。
ラディソンのSAS(ロイヤルホテル)
第2次世界大戦が終了すると、デンマークへ帰国した。1946年から手がけた『スーホルム集合住宅』では非対称の屋根を採用するなど新しい概念を持ち込んだテラスハウスを発表。1950年代初めからは後に世界的な評価を得ることになる家具デザインを始めた。家具デザインのスタイルは1952年の『アント(蟻)チェア』によって確立され、その後も『スワンチェア』『エッグチェア』『セブンチェア』などの家具作品を続けて発表した。1956年に竣工したデンマーク国内初の高層ビルであるラディソンのSAS(ロイヤルホテル)では建物の設計からインテリアデザイン、照明やドアノブ、食器類などの細部までを一貫して手がけた。1964年のオックスフォード大学セント・キャサリン・カレッジでは加えてランドスケープデザインも手がけるなど建築に関わるすべてのもののデザインに携わる姿勢はヤコブセンの特徴の一つである。1971年に着工したデンマーク国立銀行はヤコブセン最初の国家レベルでの仕事であると同時に、遺作でもある。同年その竣工を見ることなく逝去した。
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